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02BK0104142633
2
5
昇平日新録 1・2
ショウヘイニッシンロク
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長野市
1807
文化4年
序
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冢田 大峯/輯
ツカダ タイホウ
28
尾張藩侍講塚田大峰が文化4年(1804)に著した徳川家の伝記書。1~8までは家康伝。巻1には天文16年(1547)家康の父松平廣忠が6歳の我が子竹千代(家康)を今川義元の人質に差し出したところから書き始めている。15歳で義元に加冠してもらう。永禄元年(1558)2月、家康は自ら三州寺部城を攻め凱歌して帰還、時に年17、よく部下の心を得た。永禄3年(1560)桶狭間で義元戦死、皆恐怖して敗走、然し家康は独り軍を率いて大高城を守った。「家康終身之危難」は永禄6年秋、松平元康から家康に改名した23歳の時の三河一向一揆であったが翌年平定した。元亀元年(1570)6月、信長・家康軍が姉川の役で浅井・朝倉連合軍を破るまでが巻1。巻2は天正11年(1583)まで。巻3は家康が信長の遺児織田信雄を援けるところから同18年北条氏滅亡まで。巻4は慶長2年(1597)まで、僻遠の地江戸は四民が安んじ諸侯がやって来る「宇宙第一之大都也」となったと結ぶ。
1,2
N288/243/1-2
不明
不明
1807
3,14,22丁
塚田,虎,多門,冢田虎,雄風館塾,塚田大峰,冢田大峰,冢田多門,塚田虎,塚田大峯,叔貔
ツカダ,コ,タモン,ツカダコ,ユウフウカンジュク,ツカダタイホウ,ツカダタモン,ツカダコ,シュクヒ
1832
1
1
県立長野図書館