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02BK0104163274
2
5
真田家系図之書
サナダケケイズノショ
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1772
明和9年
System.Int32[]
不明
24
この書の後記に、明和9年(1772)2月の大火で江戸の真田家上屋敷も、真田家伝記も焼失したため中屋敷において書す、とある。 ①「真田家系図之書」で清和天皇の皇子貞元親王の系譜であり(滋野姓ノ始)、その系統に幸隆が出、そのあとに昌幸(真田家を家督、高野山九度山で没)が出、さらに信幸(信之)・信繁(幸村、大坂の夏の陣で戦没)が出たことを記す。②信之の系譜に信吉(上州沼田城で没)・信政(松代藩2代藩主)・信重(武州鴻巣宿で没)の3子がいた。③信政の系譜に信就ら5男5女がおり、末子信房(後の幸道)が2歳で家督を継ぎ、3代藩主に就任、71歳で没した。④4代藩主には真田信就の6男信弘が就任し、その2男信安が5代藩主に就任した。⑤信安の長男幸豊(後の幸弘)が6代藩主に就任。「真田家系図」はここで終了する。
N288/25/
不明
幽篁楼祗東(写)
1772
88丁
1772
1
1
県立長野図書館