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02OD5080170200
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一札之事(二倉新田飢夫食物借出入済口書付) 嘉左衛門外2名→二ノ倉名主・組頭・百姓代中
イッサツノコト(ニノクラシンデンウエブジキモノカシダシイリスミクチカキツケ)
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1792
寛政4年
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「去る午(天明6)の悪作で二ノ倉は飢夫食種籾代として□両2分を拝借し、なんとか秋中まで凌ぎたいという、そこで本村三役らが借り受けて、二ノ倉へ差し回し貸し付けることにし、村の百姓もそれで得心した。返済は30ケ年賦とし、今後は年貢勘定等間違いなく済ませていくことになった。寛政4年正月、柏原村名主嘉左衛門・組頭七郎右衛門・百姓代与右衛門、二ノ倉三役中。」「このことについて柏原の百姓中には異論もあったが、問題にすると入用等も掛り一層困窮の基となるので、皆が承知してくれた」と中村六左衛門が加筆し、二ノ倉三役は「右の通り百姓一同承知しました」と六左衛門へ明言している。 二ノ倉新田は慶安2年柏原村の新田として再開発、後に柏原村の一部となり、年貢割り付け状だけ柏原村と一緒だったが、庄屋・組頭がおり、検地帳・高札・諸御用帳などは本村とは別であった。
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県立長野図書館