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コンテンツ情報

詳細

資料コード:

02OD5080170200

施設番号:

2

資料種別:

20

タイトル:

一札之事(二倉新田飢夫食物借出入済口書付) 嘉左衛門外2名→二ノ倉名主・組頭・百姓代中

タイトル(ヨミ):

イッサツノコト(ニノクラシンデンウエブジキモノカシダシイリスミクチカキツケ)

サブタイトル:

サブタイトル(ヨミ):

分野:

System.Int32[]

場所(市町村名):

場所詳細:

緯度:

経度:

制作年(西暦):

1792

制作年(西暦)詳細:

制作年(和暦):

寛政4年

制作年(和暦)詳細:

時代:

System.Int32[]

時代詳細:

制作者:

制作者詳細:

制作者(ヨミ):

大きさ(㎝):

資料解説:

「去る午(天明6)の悪作で二ノ倉は飢夫食種籾代として□両2分を拝借し、なんとか秋中まで凌ぎたいという、そこで本村三役らが借り受けて、二ノ倉へ差し回し貸し付けることにし、村の百姓もそれで得心した。返済は30ケ年賦とし、今後は年貢勘定等間違いなく済ませていくことになった。寛政4年正月、柏原村名主嘉左衛門・組頭七郎右衛門・百姓代与右衛門、二ノ倉三役中。」「このことについて柏原の百姓中には異論もあったが、問題にすると入用等も掛り一層困窮の基となるので、皆が承知してくれた」と中村六左衛門が加筆し、二ノ倉三役は「右の通り百姓一同承知しました」と六左衛門へ明言している。 二ノ倉新田は慶安2年柏原村の新田として再開発、後に柏原村の一部となり、年貢割り付け状だけ柏原村と一緒だったが、庄屋・組頭がおり、検地帳・高札・諸御用帳などは本村とは別であった。

資料別書名:

資料別書名(ヨミ):

巻号:

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コンテンツ種別:

1

二次利用条件:

1

コピーライト表記:

県立長野図書館

権利関係

CC0
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